「今年は良い年だった?」
 出港要請の合間に船長に訊ねられ、副船長であるアンドリューは首を傾げて彼女を見た。
 厳しく入出港を管理している都市惑星からの出港はただでさえ緊張するというのに──何しろ、彼は第一級の指名手配を受けているのだから──、今は都市の上に大を付けてもおかしくないくらいの惑星からの許可待ちの真っ最中。彼女自身、問いかけはしたものの顔は真っ直ぐディスプレイに向けられており、隣に座っている自分を見てはいない。その横顔も、真剣そのものだと言うのに。
「何故、今そんな事を訊く?」
「時計」
 短い言葉とくい、と顎で示された先には、主要惑星の標準日時が沢山表示されている。その中でも一番よく目立つコーネリア標準時が、もうすぐ年明けである事を告げていた。ライラット系の人が住む惑星では、各地でカウントダウンのイベントで盛り上がっている頃だろう。
「なるほど、もうそんな日だったのか」
「そうみたい。私も今気付いたん……」
『オブジディアン号、船体番号を認証した。出港を許可する』
「了解。ありがとう、管制塔」
『どういたしまして、良い旅を』
 通信機から無機質な声が返ってきた所で、彼女が左手のレバーを引く。途端に身体に大気圏から抜ける時の独特の圧力が身体を襲う。操縦室が、衝撃によるがたがたという物音と、船長席と副船長席の間に挟まれているロボットから発せられる、ワープ航行の計算中という事を表す電子音に包まれた。
「大気圏を脱出。オブジディアン号燃料残99%、異常箇所は無し」
「ありがと、副船長。……ふぅ」
 船長にそう報告をすると、彼女は緊張が解けたのだろう。溜息を吐いてぐったりと椅子にもたれ、しかし突然勢いよく身体を起こすと、時計を確認して、また安堵の溜息を吐く。
「良かった、カウントダウン間に合ったよ」
「そうか。年越しを大気圏突入で過ごすのもまたオツな物だとは思ったが」
「あ、それ良いねぇ。今度やってみる? どこかの年越しの時間に合わせてさ」
「コーネリア標準時でなくては意味が無いだろう」
 私たちは共にライラット系出身なのだからと続ける。船長はそれもそうだね、とひょいと肩を竦めた。
「で、良い年だった?」
「うむ、そうだな……」
 椅子に凭れて、上を向いて考える。スラムでの暮らし、ベノムからの脱出、新しい生活に仇敵との友好(まだ仮段階)。暗い世界に居るのは以前と同じだが、しかし明るい気分になれる年だった。その区切りとなったのは──

 

「? 何?」

 

 隣に居る、彼女との再会。

 

「……そこそこ、良い年だったな」
「ふぅん、そこそこかぁ」
「それで、そういうお前はどうだったのだ?」
「私? 私はねぇ……」
 船長も上を向いて今年を振り返る。が、直ぐにまたこちらを向くと、にっこりと微笑んだ。

 

 

「すっごく、良い年だった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その意味は、問わずとも、解った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そうか、それは良かったな」
「うん」
「その、何だ、あ、もう30秒を切ってるぞ」
 どぎまぎしながらしどろもどろにそう言うと、ふふ、と船長が笑って時計を見た。何だかこっぱずかしい気持ちになっているのは彼女も同じなのだろう。その頬が、うっすらと紅く染まっている。

 

「ワープ航行計算終了」
「ありがと。もうちょっと待ってくれる?」

 

 ロボットに向けての彼女の言葉。

 

「10……9……8……」

 

 思わず口に出すカウントダウン。

 

 

「5……4……3……」

 

 途中から、綺麗に揃って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 年が、明けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今年もよろしくね、アンディ」
「こちらこそ、よろしくな」

 

 深々とお辞儀をしあって、思わず顔を見合わせて、笑った。

 

 

 

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