|
運転士二人を射殺し、その死体を蹴り転がして操縦席へと入ったウルフは、ち、と舌打ちをした。
操作方法が全く解らない。ハンドルは解るが、計器もスイッチもやけに多い。文字さえ読めれば何とか解決しそうなものだが、どこの星系の文字か見当も付かない、みみずがのたくったような、これが文字なのか判断付きかねるようなものでさっぱり読めない。だが解らないからと言ってこのまま何もしなければ、間違いなく脱線してあっという間にぺしゃんこになる。彼は直ぐさま大きなハンドルに手を伸ばした。
「チビ!」
「はい!」
どんどん上がっていくスピードに振り切られないようにハンドルを押さえ付けながら後ろを振り返って大声で叫ぶ。間髪入れずに返事が来たが、その呼び方で返事をするのは彼女の本意ではなく、途端に失敗したという顔になってこちらへ駆けてきた。いつもなら少しばかりからかってやるのだが、今はそれどころではない。彼は隣の操縦席へと入った、チビと呼んだ女に問う。
「出来るか?」
「計器やスイッチの位置はオブジディアン号と似てるけど……でも、パネルの文字が読めなくて、その、正しく動かせるかどうか自信が……」
「読めねぇのも解らねぇのも、お前がコイツのライセンスを持ってねぇのも百も承知だ。操縦出来るか出来ねぇかで言え。どっちだ?」
「で、出来ます!」
「よし、サポートしろ」
一緒に御陀仏になっても恨みっこなしだと続ける。副操縦席に立った彼女はそれでも、酷く緊張した面持ちを変えなかった。泣きそうな顔で、それでも次々とスイッチを変えていく。
「ウルフ!」
アンドリューの彼を呼ぶ声が聞こえる。彼は真っ直ぐ前を向いたまま返事をした。
「何だ!」
「替われ! の隣は私の場所だ!」
生意気な口調に今は妬いてる場合じゃねぇと叱りつけようとしたが、それは喉まで出かかってそのまま消えた。自分よりも高い位置にあるアンドリューの顔は真剣で、自分よりも低い位置にある暫定副操縦士の瞳もそうしてくれと訴えている。それは考える時間を与えず、彼に直ぐさま決断を下させた。
「俺達を殺すんじゃねぇぞ」
予想していた「解っている」という生意気な返答は無かった。彼とアンドリューが擦れ違ったその時、女が操縦席に移る。アンドリューもそれは想定済み、いや当然のことのようでさっさと副操縦席へと着いた。
「何をすれば良い?」
「調整は済んだから、計器とレーダーと睨めっこして状況を随時報告よろしく」
「了解。異常時は私の判断で動かしても良いのだな? 判断権限はどこまでだ?」
「いつもと同じ。お願い」
「了解」
操縦席に座った女とアンドリューは顔を見合わせて同時に頷くと、それぞれの操作に移った。女は真っ直ぐ前を見つめて、小柄な身体には一抱えもあるハンドルにしがみつく。対する隣の背の高い男は両腕を操作盤に置いてあちこちに視線を移しつつ、凛とした声で状況報告を行っていた。
──随分、成長したじゃねぇか。
ちらり、と副操縦席に立っている男の背中に視線を投げる。ぴん、と伸びた背筋はあの頃と同じだが、無駄な自尊心が消えている。やる気だけが先行していたあの頃と比べ、今は自ら速度を調整出来るようになっているようだった。隣の女が絶対的な信頼を置いているのも、今なら頷ける。それとも信頼されるようになったから、ここまで成長したのだろうか?
「あいつに任せても良いのか?」
彼はそう思ったが、しかし先程のやりとりを知らない相棒はそうは思わなかったようだ。肩にバズーカを担いだレオンが、不信も露わにした目でアンドリューの背中を睨み付けている。彼はひょい、と肩を竦めた。
「さぁな。ただ、今回に限っては俺やお前よりもあいつの方が適任のようだ」
「ふぅん? ……まぁ確かに、お坊ちゃんは戦力にはならな──」
「左舷後方より接近する機影有り、総数3!」
レオンの言葉を遮るようにしてアンドリューが叫び、女が焦ったように後方を確認する。会話を中断して車窓から確認すれば、砂埃を濛々と上げてこちらに向かってくる軍用車。ここからでも剥き出しの助手席からこちらに火器が向けられているのが解る。
「どうも、友好的じゃあなさそうだな」
彼がぽつりと呟き、レオンがふん、と鼻を鳴らす。無造作に窓を開けたレオンは、肩のバズーカを降ろして構えると、瞬時に照準を合わせて躊躇うことなく引き金を引いた。すさまじい音が周囲に轟き、空気が細かく振動するのが肌で解る。
「小娘」
レオンの呼びかけに、女がちらりとこちらを見る。アンドリューは振り返らなかったが、意識はこちらに向けているのだろう。レオンが呼びかけたかったのは、女の方ではなく、寧ろ嫌いなはずのお坊ちゃんの方だったのかもしれない。
「外からの敵は私が全て抹消してあげよう。お前達は脱線や衝突以外の命の心配をする必要はない」
レオンの静かな声は女の気持ちを落ち着かせた。性癖に難有りの男だが、戦闘時においてこれほど頼りになる腕前の持ち主はいない。その評判も実績も知っているということも、安心出来る要素の大部分を占めているだろう。女は元気良く「はい!」と返事をした。必要以上に声が大きかったのは、隣の男と二人分の返事のつもりなのか。
ウルフは口元に笑みを浮かべると、後ろの車両から聞こえる足音を阻止すべく車両後部へと走った。
←Back
|