オブジディアン号の暖かなリビングルーム。大きなソファーに船長と副船長が並んで座っていた。
 船長は冒険物の娯楽小説を読み進め、副船長は毛糸のマフラーをせっせと編んでいる。二人ともそれぞれの作業に熱中しており、お互いに隣の存在は意識の中に入っていなかった。

 

 

 

 

 最初に相手の存在を意識したのは、副船長だった。
 何だか右の二の腕に重みがある。ふとそちらを見ると、船長が彼の腕に半ば寝そべるようにして背中を預け、ソファーの縁から足を投げ出して揺らしている。腕に感じるぬくもりに、思わず胸が音を立てた。
「……おい」
 が、彼は腕を揺らして、それが持続しないように船長の意識をこちらへと向けさせた。物語の世界から戻ってきたが、目を瞬かせて顔を本から上げ、そのまま反り返って彼の顔を覗き込む。
「何?」
「何? ではない。重い」
「あ、ごめん」
 彼女はふわふわと不安定なソファーからよっこいしょ、と身体を起こすと、きちんと座り直した。ぬくもりが離れてしまった事に少し寂しさを覚えながらも、しかしこのまま甘えさせておこうと思える程、彼は女性慣れしている訳では無い。いや寧ろ、だからこそ離れて欲しいと思ったのかもしれない。
 ともかく彼女は彼から離れて、また二人は最初に座った時と同じ体勢で、ソファーの上でそれぞれの作業に没頭した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手の存在を再度意識したのは、やはり副船長だった。
 先程と同じく、二の腕に重みとぬくもり。見れば予想通り、先程と同じ体勢でがもたれかかっている。熱中すると、どうにも周りが見えなくなる体質らしい。彼のゴーグルは、彼女の読む本の内容が、今まさに宇宙戦の真っ最中だと脳に伝えてきた。なるほど、熱中するのも解る。ここから眺めているだけでも、思わず読みふけってしまいそうになる程に白熱しているのだから。しかし。
「…………」
 アンドリューは、今度は無言で腕を揺すった。その振動で、が顔をあげる。先程と全く同じ状況に気付き、彼女はぽりぽりと頭を掻いた。
「別に、もたれようと思ってる訳じゃないんだけどさぁ……」
「思ってる訳ではないのなら、何故寄りかかってくるのだ」
「ん〜、何ていうかねぇ……無意識の行動なんだと思う」
 こうするの、何だか懐かしくってと言われ、彼が首を傾げる。
「……懐かしい?」
「うん。小さい頃、父さんにこうやってもたれかかって本読んだり、ゲームしたりしてたから」
 父親の話を出されると、彼は弱い。憮然とした表情で、しかし頬を染めてそっぽを向きながら。
「……ならば、暫くそうしていても構わない」
「え……ホントに?」
「私は、嘘は嫌いだ」
「……ありがと」
 彼女の驚いた顔が少し恥ずかしそうな笑顔になるのを視界の隅で見届けながら、彼はますます首を横へと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くして、穏やかな寝息が耳に届いた。
 視線をそちらに向ければ、本を胸に、左腕をだらしなくだらりとソファーから投げ出し、ぐっすりと眠り込んでいるの姿。
──さすがに、起こしてしまうのは可哀想だ。
 彼は彼女の身体に掛ける物は無いかと周りを見回したが、ただ一つを除いて丁度良い物は無く。アンドリューはそっと溜息を吐くと、起こさないように慎重に腕を動かして、唯一の物、彼が編んでいるマフラーの、編み終わった部分を彼女の身体に掛け、巻き付けてやった。ついでにソファーからずり落ちないように、投げ出されている腕も胸のあたりに置いてやる。
──とても長いマフラーというのも、悪くは無い……な。
 作りかけの編み物に半ば埋もれているの寝顔を見て、彼の顔が自然とほころんでいった。