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「……失礼します」
一礼してから扉を開け、明るい灰色で統一されている廊下へ出る。背後で扉が閉まる音がしたのを認識してから、その扉に背を預けた。
あの男は、過去に敵対している相手だった。今も憎しみが無い訳ではないが、あんなに辛そうな表情を見せられては、こちらも強い態度は取れない。それどころか、とても心配になる。ヘア殿は大丈夫だろうか。彼は深く溜息を吐いた。
「ああ、居た居た」
少し離れた所から声が聞こえ、そちらに視線を向ける。にこにこ、と人の良さそうな笑みを浮かべながら歩いてくるのは、今彼が居る場所、グレートフォックスを活動拠点として宇宙を飛び回る遊撃隊、スターフォックスのリーダー、フォックス・マクラウド。
先程話をしていた男とは違い、敵対関係にはなくとも彼には「叔父の仇」という立派な憎むべき理由がある。相手も直接的では無いにしろ、「父親の仇の身内」という、こちらを憎むべき理由があるはずだった。それなのに、何故こいつは、憎しみどころか笑みすら浮かべて私を見ているのだろう。どうにも掴み所のない部隊だな、と彼は眉を寄せた。
「君の居場所を訊いたら、おじさんが部屋に呼んでいたって言うから、気になって……もしかして、話し終わった後か?」
「ああ」
「そうか……」
マクラウドは顎に手を当てて少し考え込むと、周りをきょろきょろ見回し、彼の腕をぐい、と引っ張った。
「ちょっと、こっちへ」
「な、何だ! 私に触るな!」
「いいから!」
触られたことに対して嫌悪感を抱き、思わず振り解こうとするが、マクラウドはそれを許さなかった。有無を言わさず通路の曲がり角に引っ張り込まれる。叔父の仇はもう一度通路に誰も居ないか確認し──それは、誰かというよりもペッピー・ヘアが自室から出てこないかを警戒しているようだった──、このフロアの通路には今誰も居ないことを確かめてから、ようやく彼の腕を解放した。
「おじさんの様子、どうだった?」
「おじさん……? ヘア殿のことか?」
「ああ」
マクラウドが頷く。そういえば先程も、こいつはヘア殿を「おじさん」と呼んでいた。彼は首を傾げた。
「ヘア殿とお前は、血縁関係にでもあるのか?」
「え? ああ、いや、そうじゃないよ。ただ、おじさんは昔っから父さんの友人だし、小さい頃からよく世話になってたし……。それに俺、アカデミーに上がる前は、おじさんの奥さんの所でやっかいになってたから」
少しややこしいなと、照れくさそうに笑う。その様子から、マクラウドとヘア殿は、血は繋がっていなくとも、本当の血縁者のように親しいようだ。その姿は、何となく想像は出来る。それはもしかしたら、自分と叔父の姿だったのかもしれないが。
憎いはずの相手が、急に親身に感じられる。
「……それで、どうだった?」
「どうだった、とはどういう意味だ。……まるで私とヘア殿が何を話していたか解っているような口振りだな」
「大体想像はつくよ。……ピグマのことだろ?」
ずばり言い当てられ、彼の身体が驚きで硬直する。マクラウドは溜息を吐いた。
「……やっぱりな」
「……何故解った」
「解るさ。お前と接触出来る可能性が出てきた時からずっと、おじさん、どこか思い詰めてたようだったし……それに」
マクラウドが、彼の目をしっかりと見つめる。
「それに、俺にとってもピグマは仇だ。……だから、解る」
先程見せた笑みとは全く違う、強い瞳。だが、そこに憎しみは感じられなかった。恐らく、目の前にいる自分よりもいくつか年下の青年は、もう既に乗り越えているのだ。彼が乗り越え切れていないものを、既に。
そして、青年が「おじさん」と呼んで親しく思っている者が、未だに乗り越えていないものを。
「……とても、ショックを受けられていた」
正直見ていられなかったくらいだと続けると、青年は首を振った。
「そう、か……なあ、おじさんにした話、俺にも話してくれないか?」
俺も知りたいからと言われ、彼は頷いた。自分が知っているピグマの経歴、ウルフの言葉、ヘア殿から聞いたの話、そして──その時の、ヘア殿の様子も。
「……なるほど、な。そうか、妬みか……」
マクラウドが顎に手を当てて、難しい顔をして考え込む。だが、思考は直ぐに行き詰まったらしい。青年はやれやれと首を振って、またこちらに視線を合わせてきた。
「ありがとう、父さんが殺害された理由を教えてくれて……っと、これじゃあ嫌味にも聞こえるな。悪い、あんまり言葉を知らなくて。とにかく、純粋に感謝するよ」
「では純粋に受け取っておくとしよう。……私からも質問して良いか?」
「一方的に情報を聞き出すのもアレだしな。答えられる範囲に限られるけど、どうぞ」
「ピグマがお前の父を妬む理由は何だ?」
先程ヘア殿と話をした時からずっと、気になっていた。気になってはいたが、訊くタイミングを完全に逃してしまったのだ。あのすっかり打ちひしがれている初老の男に、「あなたの友人が妬まれた理由は何ですか」などと訊けるものか。自分は自分が思っている以上に世間知らずだということは密かに認識していたが、そこまで酷くはない。
「ピグマは確かにパイロットとして優れていたと思う。……悔しいが、私よりも。だが、あいつの本職はエンジニアだったはずだ。昔おじさんの研究所に居たと聞いているし、ベノム軍に戻ってきてからも、おじさんの研究を手伝っていたようだったし」
そのエンジニアが、何故パイロットを妬むのか。ジェームズ・マクラウドの腕前が、専門職ではないピグマよりも優れているのは当然のはず。貪欲な男だとは思っていたが、決して手に入らないものはさっさと諦めそうな男でもあった。それが、何故。
「……う〜ん……はっきりとしたことは答えられないんだけど」
「それは、解らない方なのか、極秘情報の方なのかどちらなのだ」
「解らない、の方。……正直言って、俺は父さんのことをよく知らない」
「……実の父親なのに、か?」
「寧ろ、実の父親だからだと思う。……近すぎて、見えていなかったというか。第一、傭兵業で普段から宇宙を飛び回っていたから、遠距離通信での会話はもちろん、会う回数だって少なかった」
それでも大分愛情を注いでもらったから、親子の絆としては強い方だとは思うけど、と付け足す。
「簡単な経歴はもちろん知っている。ただ、それにしたって父さんから直接聞いたというより、周りの会話で何となく解ってきたという感じだった。俺の中で父さんの職業としての認識は、恐らく君と変わらないと思う。……凄腕の傭兵。それ以上でも以下でもない。そうだろ?」
「ああ」
「でも、どうも違う目で見ている人が居るんだ。このチームの中にも居る。……スリッピーは、俺の父親を尊敬しているらしい」
「あの蛙が?」
これでますます解らない。鳥あたりなら解るが、何故パイロットが本職ではないはずの蛙が……いや、待て。
「……蛙の立ち位置は、ピグマと同じだな」
「……そう。戦闘機を駆るけれど、本職はエンジニア」
「もしかして、お前の父親も、そうなのか?」
「どうも、そうらしいんだ。俺自身全く知らなかったんだけど……こいつの建造に、設計の時点で既に首突っ込んでたらしい」
マクラウドが、こんこん、と壁を叩く。彼はゴーグルの下で目を丸くした。
「どうやら、父さんは凄腕のエンジニアでもあったようなんだ。それも、ピグマですら太刀打ち出来ないような。……さっき君がおじさんから聞いたの話、続きがあるんだ。ピグマは父さんが組んだのセキュリティを完全に解除することが出来なかった」
「なん、だと……!?」
「容量の都合か機密保持の観点からか……とにかく、俺に関する記録を全て消去したかったらしいんだよ、ピグマは。……でも、出来なかった。スリッピーに言わせると、『最終的にヒステリックを起こして爪でがりがり引っ掻いたような感じ』らしいぜ、その痕跡が」
俺にはよく解らなかったけれど、とひょい、と肩を竦める。
「だから、もしかしたら、だけど……ピグマは父さんの、エンジニアとしての腕前を妬んでいたのかもしれない。どう思う?」
「そ、そこで何故私に訊く?」
突然訊ねられ、今まで聞く一方だった彼が酷く狼狽える。
「いや……俺よりも、君の方がピグマと接点が多かっただろうからさ。そっちの方が、あいつのことよく知ってるんじゃないかな、と」
「お前は接点が少なかったのか?」
「少ない、っていうか……ほぼ無いに等しいんじゃないかな。本当に、『父さんやおじさんと同じ職場の人』程度の認識だったし……。話したことが全くないって訳じゃないけど、親しくしてもらった記憶もないな」
「だからお前は、ヘア殿ほどショックを受けていないのか」
「まぁ、ね。誤解してもらいたくは無いんだけど、俺だってこれでも、ショック自体は受けてるんだぜ?」
「もちろん、解っている」
「良かった。……ただ、ショックの種類というか、内容が違う、という感じかな。おじさんにしてみれば、『親しかったはずの仲間が裏切った』なんだろうけど、俺としては、『一緒に仕事をしていた人が裏切った』だけというか……。父さんやおじさんと、ピグマがどんな風に過ごしていたのか、全然知らないからなぁ」
こつん、と音を立てて壁に凭れ、腕を組むマクラウド。何かを思い出すように天井を向いていた視線を、ふとこちらに向ける。
「あいつが、君を連れてきてくれて良かった。ファルコやスリッピーはそうは思っていないようだけど、俺は本当に良かったと思ってる」
「……そうか」
「君にもそう思ってもらえると嬉しいんだけどな。……さすがに無理か。何しろ俺は、君の叔父の仇だから」
言いつつ、苦笑。その言葉に、彼はその事実を思い出した。思い出したということは、話している間中ずっと、それを忘れていたということだ。だが、思い出したは良いのだが、不思議と憎しみが薄れていることがはっきりと解った。それは、相手が自分と同じような立場であることや、自分の思いを親しげに話して聞かせてくれたことにもあるのかもしれない。
「……お前はおかしなヤツだな」
「そうか?」
「ああ。これでも褒めているつもりだ」
「……受け取りづらい褒め言葉をどうもありがとう」
「礼には及ばん」
そっちこそ変なヤツのクセにと呟くマクラウドの隣に、自分も同じように壁に背を預ける。
「しかし、お前もとんでもない父親を持ったものだな」
「え?」
「ピグマに妬まれ、ウルフにライバル視され……これでとんでもなくない、なんて言えるものか」
「……そうだな。時折背負うものが大きすぎると思うことはあったけど……改めて重たいと思ったよ」
君はとんでもない人の「甥」でまだ良いよな、とフォックスが深々と溜息を吐いた。
その姿が妙に疲れ果てていて、アンドリューは思わず笑いを零した。
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