|
彼は緊張した面持ちで目の前に座っている長身の青年に、にこりと笑いかけた。
親身にしている少女が、コーネリア軍第二級の指名手配──アンドルフの甥でありながら第二級であるのは、彼が戦闘機を駆る以外はアンドルフ軍に対して何も関わっていなかったからなのだろう──を受けているこの青年を、数年前に互いに敵対していた自分達の元に連れてきたのは昨日。軍が壊滅しアンドルフは散り、アンドルフ軍残党──彼らの言葉を借りれば、ベノム解放軍──をも離れた今、青年は自分達とは確かに敵対関係にはないが、かと言ってあの頃の感情を全て切り離すのは少々難しく、特にこの青年は、「大切な叔父を死に追いやった人物」と自分達を見ているはずだ。
聞き出すのは少々、難が折れるかもしれない。自分が今とても知りたいと思っていることが判明するのは、まだ先のことになるだろうとペッピーは覚悟を決めた。
「楽にしてもらってかまわんよ」
背筋をぴん、と伸ばして、必要以上に良い姿勢をとり続けているアンドリューに向かってそう言うと、彼は首を振った。
「ワシがお前さんに何か危害を加えると思っとるのか?」
「いえ、そういう訳では……いや……ええ、そうですね。あいつと貴方が私よりも長い付き合いだということはもちろん承知しておりますが、かと言って私が、貴方達を信用するのとは、また別の話です」
この青年が、憎しみを抱き、それを隠すことなく表面に浮かべながらも自分に対してだけは礼儀正しく振る舞おうとしているのは、年上に対する態度に関して、厳しく躾を受けていた証拠だろう。自分の配下の者ならともかく、青年と自分はあくまで「赤の他人」であったから。
この青年は、本来ならとても好感の持てる人物だ。彼は深く頷いた。
「当然だ。だが、安心してくれて構わんよ。ワシらがお前さんに危害を加えたら、あいつがワシらを恨むだろうし、信頼関係が崩れてしまう。ワシらを信用しろとは言わんが、互いに共通の友人が居るということで考えてもらえんか」
微笑みながら優しく語りかけると、剥き出しだった敵意が少しばかり和らいだ。礼儀正しく、そして素直。その素直さは青臭さと混ぜ合わせれば、傲慢ともなりうる。アンドルフ軍の中でよく思われていなかったのはそのせいか。
「……私に話というのは、一体なんでしょうか」
敵意は和らいだものの、それで緊張が解けるわけではない。青年は固い声で彼に問いかけた。
「アンドルフ軍のことや解放軍のことでしたら、私は口を開くつもりはありません」
「何、そんなことじゃあない。……いや、確かにアンドルフ軍のことを、ワシは訊こうとしておるのか」
「でしたら……」
「ピグマのことを、知りたいんじゃ」
青年が、はっと息を呑む。自分は今、沈鬱な顔をしているのだろう。完全に目を覆ってしまうゴーグルを付けているが、それでもはっきりと解る青年の表情が、緊張から驚きに変わり──そして、どこか悲しげな表情になった。
「……ピグマは、元スターフォックスでしたね」
「大体のことは知っておるのじゃな?」
「……ええ。スターフォックスの中に潜り込み、ジェームズ・マクラウドを罠にはめて撃墜した、と──」
「……そう、か。“潜り込む”か……」
彼は深々と溜息を吐いた。
「いえ、その。潜り込んでいたというのは、あくまでピグマがそうおじさ……叔父に報告していただけであって、もしかしたらピグマは、その──」
「気を遣ってくれてありがとう。じゃが、“裏切った”というよりは“潜り込んでいた”の方が、まだ救いがある」
慌てたように付け加える青年に、苦笑を向ける。青年は失敗した、という表情になり口を噤んだ。
「じゃがのう、ワシはまだ信じられんのだ。ピグマは確かに、ワシらの中に潜り込んでおったのかもしれん。だが、ワシらはコーネリア軍とは関係のない、少人数の傭兵達だ。部隊と呼べるような人数も擁しておらん。……それなのに何故、ピグマは創設当時からワシらの中に潜り込んだのか……」
そして何故、あそこまで親しくなれたのだろうか。ジムが生きていた頃の、ピグマの様子を思い出す。そこには楽しかった思い出と、共に苦難を乗り越えた時のことしか出てこない。裏切りの兆候、少しでも怪しかった部分は何度探しても、見付かることはないのだ。
「……ウルフが、言っていました」
ぽつり、と青年が呟く。ペッピーは意識を彼へと向けた。
「ピグマは、恐ろしいヤツだ、と」
「……あいつが?」
意外な人物からの意外な言葉に、彼は目を丸くする。
「私も不思議に思い、レオンの方がよっぽど恐ろしいではないか、とウルフに言ったのですが、ウルフは──」
──レオンは確かに恐ろしい。
──腕も立つし、何よりその残虐性が酷すぎる。この俺ですら、酷いと思う。
──……だが、レオンは、仕事であったり自分に害を与えるものでなければ……ああ、更に性的欲求を満たす時も付け加えておくか……危害を与えようとはしねぇ。だが、ピグマは──
──妬みだけで、人を殺せる。
「妬、み……」
「はい」
思わず呟いた言葉に、アンドリューが頷く。
「あいつはジムを、妬んでいたというのか……?」
「……そこまでは、解りません。意味が分からないと問い詰めたのですが、話はそこで終わりになってしまったので」
青年の表情は、嘘を語っているものではなかった。この青年は恐らく、嘘を語る時に平然としていられる器用さは持ち合わせていないだろう。
「……そう、か……。いや、そうなると、確かに合点がいく……」
「ヘア殿?」
「のことは知っているな?」
突然話を切り換えられたと思ったのか、青年が「へ?」と素っ頓狂な声を上げる。ゴーグルの下の見えない瞳は、恐らく丸くなっていることだろう。
「ええ、まぁ……」
「は以前、フォックスが使っていた」
ますます意味が分からないと、青年が首を傾げる。
「安物のコミュニケーション用ロボットだったのだが、それをジムがカスタマイズしたのだ。プログラムをいじったりしてな」
「ええと、それは……マクラウドがまだ子どもの頃、遊び相手としてジェームズ・マクラウドがを与えた、ということですか?」
「ああ。……フォックスが大きくなってからは、電源を落として倉庫の隅に放置されていたのだが、ピグマが行動を起こした時に共に持ち出したらしい」
何故を選んだのかは解らないが、と肩を竦める。
「そこから先のことは、お前さんも知ってのとおりだ。あいつの父親を使った生体実験が行われ、はあいつの所へ渡った」
「それと先程の話と、どういう繋がりが……」
「昨年、の解明の為に、スリッピーが内部プログラムを覗いた時のことなんだがな」
青年の極当たり前の疑問を遮って、続ける。
「……新しく組まれたプログラムや、を解析しようとした痕跡に、激しい憎悪が感じられる、と」
「え……」
「スリッピーに言わせると、プログラムにも組んだ者のクセのようなものや、その時の気分が出るらしい。ワシらにはとんと解らんのだが、あのスリッピーがそういうのだから、確かにあるのじゃろう。……感受性の豊かなスリッピーは、そのプログラムを見てから暫く、元気がなかったわい」
自分も恐らく、今その時のスリッピーのような顔をしているに違いないと思いつつ、溜息。
「何故ジムが組んだプログラムを解析しようとして、憎悪が痕跡として残されたのか疑問だったが……ワシのあの時以来からの疑問と共に、判明したようじゃ。ありがとう」
「……そんな、感謝されるようなことは、何も」
「いや、ずっと胸に蟠っておったものがこれでようやく消えそうだ。……時間をかければ、の話じゃがな。……こちらから呼び出しておいて何だが、すまんが一人にしてもらえんじゃろうか。……ワシの中で、少し整理する必要があるみたいでな」
再度深く溜息を吐いて、組んだ両手に額を乗せる。こちらを気遣うような口調の解りました、失礼しますという言葉の後に、立ち上がる音、足音、扉の開閉音が続き、自室が静寂に包まれる。
知りたかったことは、思ったよりもあっさりと判明した。だが、その事実はあまりにも──あまりにも、衝撃的すぎて、心が追いつかない。頭の中を、言葉を形作る前の感情がぐるぐると駆け巡る。
誰もいなくなったことを確認することもなく、彼はそのままぐったりと椅子に沈み込んでいった。
←Back
|