3.電話

 

 

 掃除機をかけようとの部屋の扉へと手を伸ばした時、中から楽しげな笑い声が聞こえてきた。
 扉一枚隔てたここからでは何を話しているかまでは聞き取れないが、何をしているのかは解る。恐らく、スターフォックスの連中──カエルかキツネ、もしくは両方──とホログラフ通信で会話をしているのだ。いつもなら気にせずに部屋に入り、遠慮なくわざと大きな音を立てて掃除をしてやるところだが、今日はそんな気分になれなかった。開閉パネルに触れた指をスイッチを押すことなく離し、踵を返して通路を歩く。

 

 私は、カエルほど機械に強くは無い。

 私は、キツネほど宇宙を自在には飛べない。

 

 私は、あいつらほどあちこちの惑星に行っていない。

 

 

 あいつらほど、私は、を楽しませる事が、出来ない──

 

 

 今までに感じたことが無いほどの劣等感にさいなまれ、彼は苛立ちと悔しさに唇をきつくきつく噛んだ。

 

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 リビングに入ると、アンドリューが長身をソファーに横たえていた。
「? 寝てるの?」
 近寄って顔を覗き込んでみるが、ゴーグルに遮られて瞳は見えない。起きてるんだか寝てるんだか分かんない人だなぁと呟いて、腰に手を当てる。
「……もしかして、拗ねてる?」
 先程まで自分が何をしていたかをふと思い出し、まさかと思いつつ訊ねてみる。彼の肩がぴくん、と動いた……ような気がした。
「何だ、拗ねてるんだ。可愛いなぁアンディってば」
 語尾にハートマークを付けてからかうように笑いながらそう言うと、彼は寝返りを打って顔を背けてしまった。普段は過剰に反応してムキになって否定してくるはずなのに、手応えゼロ。本当に寝ていてたまたま偶然──もしくは睡眠を遮るうるさい声から逃げる為に──寝返りを打っただけなのか、それとも本格的に拗ねているのか。恐らく後者なのだろうが、しかしそれなら一体理由は何なのか。彼らと通信でやりとりするのは日常茶飯事で、彼自身何度も邪魔をしてきたというのに。
 考えても仕方がないか、とは肩を竦めた。理由は何だろうと悩むよりも、どうやったら機嫌を直すかを考えた方が前向きだ。彼女は顎に手を当てて頭を回転させると、良いアイデアでも見付かったか、ぽん、と手を叩いて彼の頬に静かに顔を寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」
「あ、やっぱり起きてた」
 寄せた顔を離してきっちり3秒経過してから、彼が勢いよく身体を起こした。
「お、起きてた、では無い! 今、な、何を──」
「何って……多分、君が想像してる通りの事だと思う」
「想像、通り、だと……っ!」
 小首を傾げてそう告げると、彼は湯気が出そうなくらいに真っ赤になり、ばっと頬を手で押さえた。怒っているのか照れているのか、物凄く複雑な顔をして声にならない呻き声を出す。本当に予想通りの反応を返してくれるなぁと内心嬉しく思いながら、はにっこり微笑んだ。直後に一瞬だけ、アンドリューがぽかんと惚けたような表情になったが、直ぐさま気を取り直していつもそうしているように何やら捲し立てる。が、彼女は聞いてはいなかった。もちろん聞こえてはいたが──この大声が聞こえなかったら、耳がおかしい──、内容は耳に入っていない。ただ彼が、怒っている。それが解れば充分だった。何しろ自分は、そうさせる為に、思い切った行動に出たのだから──

「良かった、元気になってくれて」
「わわ、私は落ち込んでなどいないし、第一、その、ほ、ほ、キ……そ、そんなことをされたくらいで元気になるような、そんな単純には出来てはいない!!」
「そうかなぁ?」

 アンドリューが自分を誤魔化すのに必死で相手の表情が見えていない事を感謝しながら、は遅れて熱くなってきた頬を、彼に気付かれないようにそっと押さえた。