|
前回のバレンタインは散々だった。
見た目はかろうじて食べ物と認識出来る、しかし味はどう考えても食べ物とは思えない有害物質の塊を食べさせられた。……いや、あいつは食べさせようとはしなかったのか。ともあれ、この一件で「時には素直になることも身を守る為には必要である」ということ、「あいつを一人でキッチンに立たせることは危険である」ということ、「食べ物で人を殺すことは簡単である」という3点を学んだのだから、ある意味では有意義ではあったのかもしれない。だがもう二度とごめんだ。
あいつも前回の一件で「慣れないことをすると他人の生命を危険にさらすことになる」のを学んだらしい。今年は「自分で作る!」などと無茶は言わず、すんなり市販品のチョコレートを渡してきた。しかしこれが、市販品とは言えかなり入手困難な一品で、値段もかなり張るものということは、テレビの情報番組で知っていた。「運び屋」という職業柄、こういった品々を手に入れるのは、大変ではあるが不可能ではないのだろう。恐らく苦労したのだろうなと思えば、あいつの想いが十分すぎる程伝わり、とてもとても嬉しい。
が、とてもとても嬉しいはずのチョコレートは、あいつの手によって次々と消化されていることに気がついた。自分がチョコをゆっくり味わって、口に残る味も堪能して、さてもう一つと手を伸ばす頃には、既にほとんどが食べられた後。驚いて隣に腰掛ける贈り主の顔を見れば、テレビで放映されている映画を真剣に見ながら、腕に抱えたポップコーンと同じ感覚で無意識のうちに手を伸ばしているとしか思えない食べ方をしている。このままでは、こちらがほとんど食べていないうちに、全部無くなってしまう。私は急いで手を伸ばすと、次のチョコレートを摘む相手の手首をしっかりと掴んで止めた。
「……な、何?」
「何、ではないだろう。それは私がもらった物だぞ」
「……あ」
案の定、自分の行動に気がついていなかったらしい。私の指摘にぱちくり、と目を瞬かせた後、自分の手に視線をやり、半分以上が減っているチョコレートの容器に目をやり、あはは、と乾いた笑いを零した。
「……ごめん、つい、美味しくて」
「私はまだ2つしか食べていないのだぞ」
「ありゃ、そうなの? じゃあ早く食べないと無くなっちゃうよ」
「お前が食べなければ私が食べる分以外は無くならない」
「……そうなんだけどさぁ……美味しいんだもん」
「美味しいのは分かるが、それは私のものだ。……自分の分も、買ってこれば良かったではないか」
「限定品だから、さすがに二つは買えなかったんだよ。良心的に」
「ならば諦めろ。……そのチョコも、早く降ろせ」
「……む〜……」
指の温度で少し溶けかけたチョコを眉根を寄せて名残惜しそうに見つめた後、何を思ったのか口元に笑みを浮かべたかと思うと、手を下ろすことなく逆に持ち上げて、私の口元まで持ってきた。そして。
「はい、あ〜ん」
「な、何だ?」
「だから、あ〜ん、って。ほら、早くしないともっと溶けるよ?」
今度は私がチョコを見つめる番だった。照れくさい。恥ずかしい。嬉しい。その他諸々の感情が混ざりあってどうしたものかと暫く口元を引き締めていたが、そうしている間にもどんどん溶けていく。小さくうめき声を上げた後、私は観念して口を開けた。口中に放り込まれる小さなチョコレート。唇に触れる細い指先。その感触に思わず心臓がどくんと強く打つ。
えへへ、と照れたように頬を染めて、しかしどこか楽しそうににこにこと顔一面に笑顔。指先についたチョコレートをちろり、と舐めて、美味しいねぇと言う。先ほど私の唇が触れた箇所を、赤い舌で。それはまるで、指を介して唇を舐められたような、妙な感覚を引き起こした。心臓は先程からずっとどくんどくんと息苦しい音で鳴りっぱなしだった。味わう余裕もないままにチョコレートは口の中で蕩け、無意識のうちにごくんと飲み込む。それを見計らって、既に待機していたのであろう、やはり少し溶けたチョコレートを私の口の前に差し出して、口を開くことを要求する。ぼんやりした頭でそれを理解して、口を開けた。先程と同じようにチョコレートが入ってくる。唇に指先が触れる。そこを舐める。の、繰り返し。
何度それが続いたのか。それが行われる度に益々ぼんやりとする思考。段々と指先についたチョコレートまでも食べてしまいたいという、卑しすぎる欲望まで湧き上がった。それは最初は小さく、しかしあっという間に大きくなり、そして。
離れる指先を追いかけて、口に含んだ。
「!?」
驚いて引き抜かれそうになるそれを、手首を掴んで阻む。先にチョコレートそのものを舐めて飲み込んだ後、ちろり、と指先にあるはずの付着したチョコを舐めてみた。少し塩味がする気がする。でも、今しがた飲み込んだものよりも美味しい。ちろり、ちろり、と舌先で擦る度に、くすぐったいのかぴくり、ぴくり、と指が跳ねる。それが何とも言えず面白くて、どこか快感でもあった。何度も何度も、繰り返す。
「あ、アン、ディっ!」
うっとりといつの間にか目を閉じてそれを楽しんでいた私は、その声に目を開けた。真っ赤になって、何かを堪えるような表情をして、小さく震えている。今までに見たことのない姿は男の欲情をそそる弱弱しい姿。が、それを見て、逆に我に返った。私は一体何をしている? こいつの指を咥えて舐めている。
「ッ! す、すまん!」
慌てて手首を離すと、支える力は残っていなかったのだろう。だらり、と落ちて私の膝の上に載った。親指と人差し指にチョコがうっすらと溶けて混じる私の唾液がべっとりと付着し、妖しく光を放っていた。
「……う〜……」
人に指を舐められるというおかしな感触を振り払うように、体に力を込めてぷるぷるっと震える目の前の小さな体。深く吐き出された息は熱を帯び、頬はこれ以上はないくらいに真っ赤に染まっている。
力なく上げられた顔の、うっすらと濡れた双眸と視線がかち合い、私の頭がまたもやぼんやりと霞んでいくのがはっきりと分かった。
坊ちゃんで色気のある話を書こうとした結果です。
もし続き書いたら、日本初の坊ちゃん18禁だったりするのかしらん……。
←Back
|