こんなバラエティ番組がある。
 レシピも無ければ調味料にラベルも貼っていない。そんな状態でスタジオで時間制限付きで、料理を作る。そしてそれを司会者とゲストとアナウンサーと、料理の先生が試食する。
 毎回登場する料理の素材はとても高価な物で、自分だったらそれを生かし切ることが出来るとの自信はある。が、その番組ではそれがいつもとても料理とは思えない物と変貌してしまう。それが見るに耐えず、息の長い番組だが「他に見る物が無かった」時にたまたま何回か見た、程度なのだが。

 

 

 今なら、試食の席に座っている人々の気持ちが、解る気がした。

 

 

 

 

 

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「………………はぁ〜……」
 ソファに腰掛けて、数十分前から大体一分に一回の割合で口から溜息を吐いているのは、アンドリュー。
 タイムマシンがあるなら、過去の自分を一発殴って、「馬鹿な事を言うな!」と怒鳴ってやりたい。しかしタイムマシンなど全銀河を探したって存在していないので、それは不可能だ。死ぬ前に作ってくれれば良かったのに、と叔父へと心の中で文句を言って、また溜息。

 

 が、「チョコレートを作ってあげる」と言ったのは、数日前。
 バレンタインも近くなり、そしてあちこちで手作りチョコレートの特集が組まれていたので、それに感化されてしまったのかもしれない。本当は、物凄く嬉しかったのだけれど、にこにこと笑って頬を染めて、嬉しそうな顔をしているものだから、しかし、つい、口を突いて出てしまったのだ。

 

「所詮、溶かして固めたチョコではないか」、と。

 

 自分の言葉に我に返って、の方を見ると、先程の笑顔はすっかり消え去り、不満そうな、怒ったような、とにかく不機嫌な顔となっている。しまったと思い慌てて謝ろうとしたが、その前に彼女が口を開いた。「じゃぁ、チョコレートケーキに挑戦する!」と。その瞬間、顔から血の気が引いた。
 それだけは勘弁してくれと頼み込んでみたが、向こうも意固地になっていて、全く聞く耳を持ってくれない。せめて後ろから、いや隣からあれこれ指示を出せば何とか無事だろうと思ったのだが、しかしキッチンのセキュリティレベルを上げられて、船長以外の人間は入れないようになってしまった。そこまでやるかと半ば呆れたが、元はといえば発端となったのは自分。今すぐ土下座して床に頭を擦りつけて謝りたいが、面会謝絶状態なのでそれも適わない。そして、今は、諦めて、ここで待機している。

 

──……食える物は期待するな。それよりも、キッチンが破壊されていなければ、良しとしよう。

 

 よし、と気合いを入れたその時。

 

「出来たよ〜」
 何という良いタイミングなのだろう。背後の扉が開き、甘い香りに明るい声が入ってきた。黄色のエプロンに沢山の白い粉を塗し、顔にはチョコレートがあちこちに付いている。そして鼻先には生クリーム。寧ろ彼女の方が美味しそうだなどという考えが一瞬過ぎり、慌てて首を振って邪な考えを追い払う。今は、それどころではないのだ。
「何しろ初めて作った物だから、ちょっと不格好だけど……きっと美味しいよ」
 その自信は一体どこから来るのか。食べてもらう相手が欲望と恐怖との戦いを繰り広げているなどとは微塵も思わず、とても嬉しそうに、誇らしげにローテーブルの上にケーキを置き、さあ召し上がれと小皿とナイフを手渡してくる。もう、逃げる事は出来ない。ごくりと恐怖を飲み込んで、改めて、ケーキを観察する。

 

──……見た目は、まぁ……こんなモンだろうか。

 

 お世辞にも綺麗な形をしているとは言えない、でこぼこした塊。デコレーションもやたらとごちゃごちゃとしていて、上品では無い。が、形などこの際どうでも良い。問題は、「食べられるかどうか」だ。

 

──……ケーキには、なっている……か。

 

 恐る恐る、ナイフを入れる。やけに固い訳でもなく、べちゃべちゃと液状化している訳ではない。これなら、何とか、いけるかもしれない。

 

──過剰に心配しすぎてしまったかもしれない。

 

 ちゃんと本を見て作っているはずだし、それにあの番組とは違って、材料や調味料にはきちんと名前が書かれている。その通りに作れば、味に間違いはないはず。いくらが大雑把で細かい事を気にしない性格だとしても、それで失敗することはまずないだろう。安堵の溜息を吐いて、小皿に取り分けてフォークに持ち替えて、一口、食べる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お〜っと、シワが出た〜ッ!!」

 頭の中に、あの司会者の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ? 美味しくなか……った?」
 一口含んだまま身体を前に倒し、動かなくなってしまった事に不安を覚えたのだろう。が、顔を覗き込んでくる。
 口からフォークを抜き取り、そのまま彼女に渡す。は訝しそうに首を傾げて、小皿の上のケーキを同じように、一口口に含んだ。途端に、目が真ん丸になり耳と尻尾がぴん、と立ち、次に力無く垂れ下がる。何とかそれを飲み込んだは、うえぇ、といかにも気持ち悪そうに舌を出した。
「何、コレ……」
「……お前が作った、チョコレートケーキ」
「……何て言うか……その、ごめん。これは、ちょっと、酷いね……」
 はぁ、と溜息を吐いて、がっかりしたように肩を落とす
「何で、こうなっちゃったんだろう……」
「……本を見て作ったのではないのか?」
「うん、ちゃんと書いてある通りにやったんだけど……何がいけなかったのかなぁ」
 フォークで汚い物でも触るかのように“ケーキを作ったつもりで出来上がったよく解らない危険な物体”を突っつきながら、もう一度溜息。
「愛だけは、いっぱい、込めたんだけどなぁ……やっぱりラブイズオッケーとはいかないね……」

 

 

 

 

 

 

 その言葉に、自分の中の何かが切れた。

 

 

 

 

 

 

「? アンディ?」
 無言で彼女の持つフォークをひったくる。
「!? ……ちょっ、と、どしたの!?」
 小皿に取り分けたケーキをほとんど飲み込まんばかりにかきこむ。胃が拒絶反応を起こし不快感がせりあがってくるが、根性でそれを抑えた。今はまだ、序盤なのだ。この先大物が控えているというのに、ここでバケツ行き──今はエチケットタイムと言ったか──になる訳にはいかない。
「な、何やってんの!? ダメだよ食べちゃ!」
 大皿に乗ったケーキに手を付けようとすると、慌ててがそれを取り上げた。が、彼女の背は自分よりも低い。高く持ち上げたとしても、楽に取り返せる。直ぐにそれを自分の領域に戻すと、これも無言でかきこんだ。まずい、というか危険な味が、舌を、喉を、胃を攻撃する。実に酷い。毒など盛らずとも、料理で人を殺す事など簡単だ。
「だからダメだったら! 何で食べるの!?」
「……せっかく作ってくれたのだ。その努力だけでも、買う」
「買わなくていい! 身体壊しちゃうから!」
「……食べ物を粗末にはしたくない……ッ!」
 喋っている時間も惜しい。その僅かなエネルギーすら、このとんでもない物体を消化する為の力としたい。自分の勢いに、最早止める事は出来ないと判断したのだろう。視界の隅におたおたと、半ば泣きそうになっている彼女が見える。夢中で食べる中で、これで貸しが出来ただろうかと一瞬気が緩んだその時。

 

 

 意識が、途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…………ぅ…………」
 意識が回復した時、天井を向いていた。一瞬何がどうなったのか解らなかったが、どうやら、ソファーに横たえられているらしい。
「あ、気が付いた?」
 上の方から聞こえる声。と、視界にの顔が入ってきた。突然間近に現れたので、思わずどくんと胸が高鳴る。
「その、胃薬、持ってきたけど……飲む? 飲むよね? というか飲んで!」
 背中に手が回されて、抱えられる様にして無理矢理起き上がらされた。ふわりと漂う甘い香りが鼻腔をくすぐるが、それが先程のケーキを思い起こさせて、未だに不快感を訴え続ける胃にダメージを送る。一瞬また気が遠くなりかけたが、薬だけは飲んで置かねばと根性で意識を繋ぎ止めて、薬を受け取り白湯と共に一気に飲み込む。深く息を吐くと、薬を飲んだという安心感からか、少しは楽になった。……気がした。
「……ごめんなさい」
 突然謝られて、顔を上げる。彼女の方に顔を向けると、まだチョコレートや生クリームをつけたままの顔で、しょぼん、としか言いようがない表情で、俯いていた。
「……全部、食べてくれたのは嬉しかったけど……でも、本当なら、美味しい美味しいって食べられる物、作りたかった」
 それが、これだもんねと食べこぼしの沢山残ったローテーブルと皿を横目で見ながら、自己嫌悪。
「……キッチンに私を入れなかったのがそもそも間違っていたのだ」
「……反省してます。下手な意地張るんじゃなかったよ……ごめん」
「……いや、謝るのは私の方だ。そもそも私が、その、あんな事言わずに、素直に受け取っておけば良かったのだ。……すまなかった」
 体調が悪いせいだろうか。自分でも驚くほど、素直に思った事がすらすらと言葉になって出ていく。が、それでもの慰めにはならなかったようだ。当然だろう。自信を持って出した物が、こんな酷い結果となってしまったのだから。その気持ちは、よく、とてもよく、解る。
「……あ〜あ、もう、時間切れだよね」
「何がだ」
「チョコレート。今から買いに行くのも、無理だし」
 時間は14日の夜だが、しかしここは宇宙空間。地上ならまだ駆け込みで何か買えたかもしれないが、宇宙では不可能だ。
「余ったチョコレート……も、あっちこっちに飛び散った物しか無いし……もっと余分に買っておけば良かっ…………あ」
 ぶつぶつと大きな独り言が、途中で途切れる。ローテーブルに映った自分の顔を暫し眺めていたかと思うと、はちょこん、と隣に座った。その距離が、やけに、近い。
「これじゃ、ダメ?」
「は?」
「だから、これ」
 頬に付いた、チョコレートをくいくい、と指差す

 

 

 

 

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あっ、ご、ごめん、今の無し! 忘れて!」
 長い長い沈黙を経て、その間に自分で自分の発言の大胆さに気付いたのだろう。の顔が真っ赤になり、慌ててばたばたと手を振る。
「……解った」
 胃がおかしくて、ケーキの中の何らかの成分で頭がいまいちはっきりしていなくて、だからこそ、取れる行動なのだろうかとどこか遠くで冷静に分析されている声がする。の手を取り、ぐい、と引き寄せて、抵抗される前にチョコレートを、そしてついでに鼻先の生クリームも綺麗に舐め取る。
「!? え……えぇ!? アン、ディ……?」
「こ、これ以上お前に恥をかかせたくないと思っただけだ!」
 の発言が大胆なら、自分の行動はもっと大胆だったと、今更ながら顔に血が上る。恥ずかしさのあまりこのまま部屋に逃げ帰りたかったが、体調は快復しないままなのでさすがに無理だ。だから、ソファーからを追い出して、そこに横になって顔を隠す。
「……ありがとう。やっぱり、アンディは、優しいね」
 嬉しそうな、そして包み込むような優しい声がしたかと思うと、耳に柔らかな物が触れ、直ぐに離れた。そのままぱたぱたぱたと足音がして、が部屋から逃げていったのが解る。この部屋に一人しか居ないことを気配で察して、先程から胃よりも激しく痛みを訴える心臓を強く抑えて、身体を丸めた。

 

 

 

 体調は最悪だけれど、最高のバレンタインだと、アンドリューは真っ赤になったまま満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 


 

拍手で頂いたネタを元に書いてみました。いつもありがとうございます♪
この二人には、こういうバレンタインが似合いそうです。
何気に二人とも大胆ですが、バレンタインの熱に浮かされた、という事で。
そして書いてる側が眠かったという事で勘弁してください(爆)。

見事に14日にアップ出来ず……いやまだ14日の国もあるはず! 現地時間なら14日!(爆)

 

タイトル、内容共にあの番組から持ってきてます。
先日まさにチョコレートケーキが題材でした(笑)

 

 

 

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