この季節、同性と連れだっては歩きにくいなとフォックスは思った。
 赤いリボンに、赤いハート。街のあちこちにチョコレートと、ギフト用の衣料品や装飾品が並び、「ハッピーバレンタイン」「愛する貴方に」等と謳い文句が気取った文字でこれみよがしにでかでかと書かれている。あっちを向いてもこっちを向いても、ハート、ハート、ハート。別にハート型が嫌いだとは言わないが、こうも氾濫させられると、さすがにうんざりする。やれやれ、と彼は首を振った。
 別に街は彼らを拒んでいる訳では無い。彼も子供の頃は、自分を育ててくれているビビアンに、感謝の気持ちを込めて贈ったものだ。だが、この地方でバレンタインと言えば、女性から男性に贈る行事。垂れ幕にも、恋する乙女達を応援するような文句が並ぶ。仕事柄女性との接点が極端に少なく、そしてもらえる当てもない身としては、少々歩きづらい。

 

──若い男女には恋人が居るのが普通、だという世の中の風潮を、変えてほしいもんだなぁ──

 

 そんな事を考えながら、溜息。独り身だというのを後ろめたく思ってはいないが、街が恋をしていない人間はお断りですよと拒絶しているのだから仕方がない。彼はもう一度溜息を吐いた。

 

 と。

 

「……あれ?」
 どうでも良いことを考えながら歩いていたせいか、同類が一人、行方不明である事に今気が付いた。どこかではぐれたのか、一緒に歩いていたスリッピーが居ない。ここまでは一本道だからどこかショーウィンドウで立ち止まっているのだろうか。しかし、彼の興味を引く物は何もないはずだし、そもそもここで男一人が立ち止まるのは、キツい。

 

──裏路地に、入り込んだのか?

 

 彼らが向かうのは、この通りの先にある商店街だ。ペッピーの要求で、「新鮮で美味しい野菜と肉、その他諸々必要な物を大量に買い込む」事が、今の彼らに与えられた任務。どれが新鮮でどういう物が美味しいのかは解らない事が任務の遂行の妨げにはなるが、しかし頼まれたからにはやり遂げなければならない。通りごとラッピングされているこのエリアを歩く事が、自分以上にやりきれない思いだったのだろうか、もしかしたら別の道を歩こうと、細い道に入っていったのかもしれない。彼は歩いてきた道を戻りながら、建物と建物の間にある細い道を覗いてみた。

 

──…………ん?

 

 2本目の路地を覗いた時、その先に見覚えのある長身の青年が居るのが見えた。が、何やら様子がおかしい。彼に近付きながら目を凝らしてみると、青年の腕に、目的の人物が抱え込まれている。というよりも、手で口を塞がれて暴れている。誘拐だろうかと首を傾げたが、昔ならともかく、今は青年が仲間を誘拐する必要は無い。
「……何やってるんだ?」
「! マクラウド!」
 声を掛けると、青年──アンドリュー──は、きっとこちらを睨み付ける──たのだろう。ゴーグルに遮られて目の表情を伺うことが出来ない──と、スリッピーを解放してこちらの胸ぐらを掴んできた。
「一体、あれは、どういうことだ!」
「どういうことって突然言われても……何がだ?」
「あれだ、あれ!」
 彼の服を掴んでいる手の右側を外し、視線は真っ直ぐにこちらに向けたまま、後ろを指差すアンドリュー。少し背伸びして何とか指された先を見ると、遠くていまいちはっきりとは見えないが、それでも見覚えのある人物が二人、仲良く歩いている。
「おじさんと、……か?」
「そうだ!」
「そうか。……それで?」
「それで、ではない! 何故、とペッピー殿が、一緒に歩いているのだ!」
 頭に血が完全に上っているのだろう。真っ赤な顔をして、さらにこちらに顔を近づける。可愛い女の子──特に、あそこを歩いている女性──ならともかく、正直言って野郎とこんな間近で顔を付き合わせていたくは無い。どうどう、となだめながら、彼は自分の服を掴んでいる青年の手を極力乱暴にならないように外した。ここで下手に刺激すると、更にやっかいな事になるに違いない。というより、彼は何故ここまで激昂しているのだろう。おじさんはを娘の様に可愛がっているし、だっておじさんに懐いている。別に二人が通りを歩いていたとしても、おかしい事では無いはず。少し考えて、はた、と気付いた。もしや、彼は──

 

「…………これは、大問題だよ」
 足下で声がしたので、フォックスは訂正しようと口を開き、しかし言葉を紡ぐのを中断し、そちらを見た。アンドリューから解放された後暫く咳き込んでいたスリッピーが、いつになく深刻な顔をして、低い声で呟く。
「……大問題、だと?」
「そう。……オイラ達は、今、重大な現場を目撃してしまったんだ」
 何が、そしてどこが重大な現場だったのだろう。それを問いかける前に、今度はアンドリューの声に邪魔をされた。
「……それは……ま、まさか」

 

「君の考えてる通り……これは、ペッピーの不倫の現場だ」

 

 コメディ・アニメならここで、雷のエフェクトが入ったかもしれない。いや、実際、青年にとっては雷が落ちた程の衝撃だろう。

 

 

「オイラも、最近ペッピーの様子がおかしいって、薄々勘付いてはいたんだよ」
 いや、全然そんな事は無かったと心の中でツッコミ。だが、スリッピーの目的が解っているので、敢えてそれは黙っておいた。
「ビビアンさんと、この間大喧嘩してたみたいだったし……それなのに、どこかうきうきしててさ、何て言うか……若返った、みたいな。だから、もしかしてって、思ってたけど……」
 深々と溜息を吐いて、肩を落として首を振るスリッピー。大喧嘩どころか先日仲良く話していたのをメンバー全員が知っている。嘘を本当のことの様にさらっと言ってのけるスリッピーに、彼は役者だな、と傍観者になろうと決め込んだフォックスは思った。ちらりと青年の様子を窺えば、口をぽかんと開いて、実に間抜けな顔を晒している。可哀想に、と心の中で半分だけ同情。
「でも、それがまさか、だったなんて……オイラも、ショックだなぁ」
 彼は再度溜息を吐くと、立ち上がって背伸びをして、呆然自失と言わんばかりの青年の肩を、ぽんぽん、と叩く。
「でも、まぁ、これは、二人の問題だし……オイラ達がどうこう言える立場じゃないよね」
「な、何が二人の問題だ! 明らかに人の道を外れているではないか!」
「道徳的な観点で言えばね。でも、愛は誰にも止められないんだよ」
 ほら、今はこんな季節だし、とショーウィンドウの一つを指差す。「自分の心に素直に」と書かれた垂れ幕が、丁度その先にはあった。これは偶然なのだろうが、しかしそれはどうでも良い。その文字が、アンドリューに更なる衝撃を与える効果となったのは、彼の表情の変化で解る。
「私……私は一体、どうすれば……」
「それは、アンドリュー次第だよ。を応援するか、引き留めるか……でも、このままじゃ彼女、傷付いちゃうよね……」
「そ、そうか、そうだな……確かにその通りだ。……よし」
 青年は、意を決した様な表情となると、ぐっと拳を握った。
「私は、を守る。……例え私の行動であいつが傷付く事となっても、その先の事を考えれば、ずっと軽傷だ」
「じゃぁ、止めるんだ?」
「当たり前だ。例え嫌われようと、間違いは正してやらねばなるまい。……お前にこんな事を言うのは癪だが、礼を言わせてくれ。……ありがとう」
 その決意は相当固く、そして相当感謝しているらしい。普段なら絶対にしない行為、スリッピーの手を固く両手で握り締めて、ぶんぶんと振った後、青年はもう見えなくなってしまったペッピーとを追うべく、大通りへと抜けて駆けていき、あっという間に人混みの中に消えてしまった。

 

 

「……スリッピー」
「これくらい、悪戯したって良いだろ? あいつ、ずっとと一緒に居るんだし……何だか、悔しいじゃないか」
 叱られたっていい気味だよ、と頬を膨らませるスリッピーに、やれやれと首を振る。
「まぁ、気持ちは解るけどな。俺も、止めようとは思わなかったし」
「やっぱり。……ねぇ、オイラ達、共犯者だからね。ペッピーに怒られる時は一緒だよ?」
「はいはい」
 フォックスは苦笑して返事をすると、もう一度青年が消えていった先を見つめた。

 

 

 

 

「……しかし、惜しいことをしたなぁ」
「え、何が?」
「彼なら、新鮮で美味しい素材を、簡単に見付ける事が出来ただろうに」
 手伝ってもらえば良かったなと続けると、「あ」とスリッピーが呟いた。

 

 どうやら、ダブルで怒られてしまう可能性が、高くなってしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

 


 

拍手でネタを頂いたので、それを使わせて頂きました。ありがとうございます♪

 

※お詫びと訂正
  投票1位になったペッピーとルクの話を書く予定だったのですが、
  いざ書き始めたら「それを見て周りがわいわい騒いでいる方が、
  書いていてとても楽しいぞ」と言うことに気が付き、
  結局この話の主人公はフォックスとなってしまいました。

  ご了承ください。

 

  そして話が尻切れトンボなのはいつもの事です。

 

 

 

 

 

 

 

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