アンドリューは自室に入ると、よろよろとベッドへと歩み寄り、足側の縁へと腰掛けて溜息を吐いた。

 

 最近、自分の様子が、明らかにおかしい。

 

 おかしい原因は分かっている。だ。あいつがにこりと笑みを向けてくれるだけで、心臓が大きな手で鷲掴みされた様に、ずくんと痛く苦しくなる。今だってその痛みに耐えられず、急いで逃げてきたばかり。以前はこんな事は無かったと、また深々と溜息を吐いて、そしてばたんと後ろへと倒れて三度目の溜息。

 

 一体、これは、何だと言うのだろう。

 

 痛いのも苦しいのも嫌いだが、しかしどこか心地よい。もうこんな痛みはゴメンだとその時は思っても、少し時が経ち落ち着くと、またそれが欲しくなる。そしてそれを得ようとして彼女の笑顔を求め、そして痛みと苦しみを得て……繰り返し繰り返し。まるで麻薬中毒者だなと彼は苦笑とも嘲笑とも付かない笑いを漏らし、そのままじっと天井を見る。

 

 いつから、こうなってしまったのだろう。

 

 雇った側と雇われた側という立場の時は、何とも無かったのに。

 

 確かに、あの時から──親しくなった時から、が笑いかけてくれることが嬉しいと思ってはいた。だがその時は痛みなど感じなかった。人に心からの笑みを向けられるなど滅多に無かったので、貴重な友人を得た事が嬉しかったのかもしれない。今だって貴重な友人に変わりはないというのに、しかし色々な事があの頃とは違う。例えば、今は上司と部下という関係になっていること、例えば、今はに雇われている側であるということ、例えば、あの頃よりももっと親しくなっているということ、例えば、もしかして、私は──

 

「……が、好きなのだろうか」

 

 自分では全く意識せずにぽつりと飛び出した言葉に、我に返る。今、私は何と言った? あいつが、好き?
「いやいやいや、違う、それは断じて違う!」
 かあっと顔に血が上り、自分で放った言葉が恥ずかしくて勢いよく寝返りを打ってうつぶせになる。が、妙に息苦しいし心臓は早鐘を打つしでその体勢が辛くなりまた仰向けに戻る。しかしそれだと恥ずかしさが戻ってくるのでまたうつぶせになりと、彼は一人しか居ない部屋でひとしきりばたばたと寝返りを打ち続けた。何分暴れていたのかは解らないが、やがて落ち着いてきた彼は、自分の今の行動があまりにも変だという事に気付き、ごほんと咳払いをしてもう一度天井を向いた。
「……確かに、好きは、好きなのだろうな」
 ぼんやりと天井をゴーグルに映しながら、彼がまた呟く。しかし今度は、恥ずかしいとは思わなかった。
「好きで無ければ、一緒に居ようとは、思わないし……さっさと、船を降りていた、はずだ」
 一緒に居ても良いと思ったから、船に乗った。共に過ごして居心地が良かったから、船から降りようとは思わない。そうだ、私は彼女の事が好きだ。だが、それは──

 

「友人としての、好き、だ」

 

 うん、そうなのだと頷いて、肩の力を抜く。

 

 

 

 

 

──果たして、本当にそうなのか?

 

 

 心の中に棲むいつも自分を見下す自分の、嘲笑する声が聞こえた。

 

 

 

「そうだ。は、大事な親友だ」

 

──その他の感情は、混じっていないとでも?

 

「無い。純粋な友情だ」

 

──ではスターフォックスの連中に嫉妬心を抱いているのは、どういう訳だ?

 

「そ、れは……そ、そうだ、あいつが、私が嫌いな奴らと仲良くしてるのが、気に食わないだけだ」

 

──では、もし私が奴らと友人であったら、そんな感情は抱かないとでも?

 

「あ、当たり前だろう。同じ友人に、なるのだからな」

 

──……ふぅん、あくまで友情だと、言い張るのだな。

 

 

 自分がくすりと、笑った。

 

 

──それならば。それは、何だ?

 

 

 

 

 

 

 頭に響く声に、ぴくん、と肩を震わせる。

 

 

 

 

 

 自分が指しているのは、枕元どころか枕に頭を乗せている、手作りの人形。

 

 

 

 

 

 

──純粋な友情を抱く者を、そんな風にするか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敗北、だった。

 

 

 

 

 

 溜息を吐いて、枕の上にある人形を見て、手に取る。服のデザインを考える時に使おうと思い作った人形は、誰がどう見ても彼女を象っていて。毛の色も長さも、全部一緒。スタイルこそ二頭身だが、見れば直ぐにデフォルメされてキャラクター化されたようなの姿だと解る。
 作っている時、無性に幸せな気分だった事を覚えている。最初の頃こそ洋裁箱やミシンを収納しているラックに入れていた物の、段々それを使いもしないのに手に取る回数が増え、気が付いた時には枕元が定位置となり、やがて「本人に見付からないように」という理由を付けて布団の中に居る様になった。心の声の言う通り、純粋な友情を抱く者に対して、こんな事はしない。自分の行動の積み重ねが、特別な意味での「好き」という感情がある事を、如実に語っていた。どきどきと速くなった鼓動が少し苦しくて、溜息。
 しかし素直に認めてしまうと、少し楽になった。大分前から、本当は気付いていたのかもしれない。しかしそれが恥ずかしいと思って、何より実る訳が無いと思って、頑なに否定していたのかもしれない。
 腕を前に伸ばして、人形を高く掲げて目線を合わせる。試作デザインの服を着せられたそれは、きらきらと輝く瞳に彼の姿を映していた。

 

 自分を見る彼女と、同じように。

 

 

 

 

 途端に、またしても胸が痛くなる。自分の記憶にあるその時の彼女の笑顔が脳裏に蘇り、更に痛みが激しくなった。どくんどくんと強く早く血液を流す心臓にその人形を押し付けて、酸素を欲しがる身体に荒い息を吐いて、求めている物を送り込む。

 

 私は。私は。

 

 わたし、は。

 

 

 

 

「……私は……」

 

 身体を起こして、人形を身体から離し、再度瞳を真っ直ぐに見つめる。なぁに、と首を傾げて言葉を待つの顔が、人形の顔と重なった。 

 

「……お前、が」

 

 自然と手に力が込められる。その手はじっとりと湿り、喉に唾が引っ掛かった。ごくり、とそれを飲み下す。

 

「……好き、だ」

 

 違う、この言葉ではない。これでは彼女には伝わらない。すぅ、と息を吸い込んで、口を開く。

 

 

 

 

 

「愛して、いる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 埃が落ちる音すら聞こえてきそうな程の静寂に、我に返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何をやっているのだか」
 さすがに自分の行動に呆れ、苦笑して首を振る。人形相手に告白だなんて、正気の沙汰では無い。誰も居ない部屋での行動なので言い訳の必要は無いが、しかしこれは練習だったのだと言い訳。……いや、練習にしても恥ずかしすぎる気がする。一人で盛り上がって一人で恥ずかしがって、全く、自分はどこまで愚かなのだろう。

 

 でも。

 

 言いたい、と、思った事は、事実で。

 

 

「……
 そっと頭を撫でながら、彼女の名を呟く。

 

 

 と。

 

 

『? 何?』
 部屋に取り付けられた通信パネルから、今まさに名前を呼んだ本人の声が聞こえ、傍目から見てもはっきりと解る程に彼がベッドから飛び上がった。
「な……ッ……!? い、いつから回線を!?」
 慌ててパネルに顔を近付ける。ちかちかと光る赤い小さなランプは、今まさに内線の通信回線が開いている事を示す印。ずっと回線が繋がっていた状態だったのだろうか。まさか、今の言動全て、彼女に筒抜けだったのだろうか。彼の背筋がフィチナの氷のごとく凍り付く。
『いつからって……回線開いた瞬間に呼びかけられたんだけど……』
 しかし彼女の怪訝そうな言葉に、ほっと胸を撫で下ろした。どうやら、聞かれてはいなかったらしい。額いっぱいにかいた嫌な汗を腕でぐいと拭いながら、肺の中の空気を全部出した。
「そ、そうか。……良かった」
『……良かった?』
「い、いや、何でもない。こちらの話だ」
『……? で、何か用だったの?』
「へ? あ、いや、それも何でもない。こちらの、話、だ」
『ふぅん……?』
「そ、それで、お前は何の用事だったのだ?」
『あ、うん、もうすぐ離陸準備が終わるから、そろそろ操縦室にきて欲しいなって』
「解った、直ぐ行く」
 返事をして、通信が完全に切れている事を確認してから、深く深く溜息。彼女の様子におかしい所は無く、本当に最後の呟き直前に通信が入ったのだろう。聞かれていなくて良かったと心の底から安堵したが、しかし、もし聞かれていたらどうなっていたのだろうと、ふとそんな事を思う。もし、もしも、先程の告白が聞かれていたら、あいつは、きっと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──……いや、ただ私が恥ずかしいだけ……だ、な。

 

 心の中の声と意見が一致し、アンドリューはまたも深く溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


坊ちゃんが変態でゴメンナサイ(爆)

おかしいなぁ、格好いい彼を書きたいはずなのに、どんどん変な方向へ突っ走っていくぞ?(爆)

 

 

 

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