「私は悪く無いぞ! 自分でやらなかったお前が悪い!」

 アンドリューの大声が、船内に響き渡る。

「違うもん! デリカシーの無い君が悪いんだもん!」

 続けての半泣きの絶叫が、輸送艇の壁を震わせる。

 

 アンドリューが船に乗ったその日の夜から、二人は早速言い争いを始めていた。
 事の発端は、些細な事。スラム暮らしで汚れた自分の身体をすっかり綺麗にし終わった彼が、洗濯をしようとしたのがきっかけだった。彼は若干恐そうな印象を与える容姿には似合わず、家事に命を捧げているような男。船内のあまりの惨状を目にして持ち前の使命感に火が灯ってしまい、「私がやってやらねば」と籠に手を伸ばしたのが運の尽き。

 ばさばさと籠から洗濯機へと洗濯物を移している時、偶然手に取ってしまったのだ。

 の、下着を。

 別に下着に触れた所で、そのまま即座に洗濯機へと入れてしまえば問題は無かったかもしれない。が、元々男所帯で長年暮らしていた彼。恐らく生まれて初めて手にした、レモン色の可愛らしいフリフリの付いたそれを目の前に、音を立てて全身を硬直させてしまった。更に悪い事に、固まっているちょうどそこへ、持ち主が入ってきた。そして、今に至る。

「だっ、大体だな、ここにこんなに洗濯物が山盛りになっていたら、誰だって洗濯しようとするだろう!」
「しないもん! そんな事しようとするの君だけだもん!」
 自分でもまずい事をしたと解ってはいたが、ここで素直に認めてしまっては自分の負けだし、そもそも掃除も洗濯もほとんどやっていない彼女の方にも問題はあるはず。彼はその点を突いてを言い負かそうと思ったのだが、彼女もまた自分は悪くないとばかりに反論する。
「そっ、それにっ! お前は少し前までスターフォックスの奴らと過ごしていたんだろう! こんな物を男に見られたからって別に慣れてるはずではないか!」
「フォックス達は最初っから気遣ってくれたもん! 私のは全部専用ロボットがフォックス達の目の届かない所でやってくれたもん!」
  子供の喧嘩みたいなやりとりだったが、彼の方が形勢不利である事は、誰の目にも明かだった。気にくわない宿敵の名前まで出して反論すれど、見事に切り返される始末。あいつらがこいつに気を遣わなければ、自分はこんな目に遭わなかったかもしれない。そう思うと、ますます恨みが深くなった。
「大体、何で君は洗濯しようとなんかするの!? そんなのほっといたらいいじゃない!!」
「な……!? 私が見るに見かねて洗濯しようとしてやったのにその言いぐさは何だ! ほおっておいたらまたここに洗濯物が積まれていくだけではないか! お前は下着が汚れたまま放置されるよりも私に見られる方が嫌だと言うのか!?」
「嫌! それいい加減返してよ!」
 はぱっと彼の手から下着をひったくると、涙目で彼の顔を睨み上げる。頬を紅潮させたその表情に彼の胸が思わずどきりと音を立てたが、「アンドリューの馬鹿!」と怒鳴られて、その高鳴りもすぐさま消えた。踵を返して逃げるようにして通路を駆けていく背中に、「私は悪く無いからな!」と叫ぶ。
「全く、何故私があんな事を言われなくてはならない──」
は、アンドリューが悪いと思いますけどね」
 突然腰の辺りから声が聞こえ、驚いて下を見る。そこには、この船のサポートロボット。呆れている、という表情なのだろうか。愛嬌のある丸い目は左右共に真っ直ぐな線で、外側に下がっていた。
「なっ、何故だ! 私は親切にも溜まった洗濯物を処理しようとしてやろうとしたんだぞ!?」
が男ならば、問題は無かったんですけどね。あれでも、年頃の女なので」
 その割には子供っぽいですがと続けて溜息。やれやれと首を振る仕草が妙に人間くさく、議題の本筋を忘れてこれを作ったエンジニアは誰なのだろう、と思ってしまう。
「……第一、アンドリューもアンドリューです。今日日下着の宣伝、しかももっとセクシーな物なんかが公共映像でゴールデンタイムに堂々と流れてる様な時代ですよ。それに、ベノムのスラムじゃ、たかだか女の胸一枚覆うような布っきれなんぞよりも、もっともっと刺激的な物が沢山あったでしょうに」
 ロボットに言われて、アンドリューが言葉に詰まる。確かに、その通りだ。以前はきちんと統治し管理されていたベノムの地中街は、コーネリア軍の管轄になって以来、不健全極まりない街へと変貌を遂げてしまった。表通りにすら取り締まりから逃れた売春宿が建ち並び、一歩路地裏に入れば既にその場で事を始めてしまう者達すら存在した。それを散々目にするあまり、その光景をぼんやり瞳に映しながらパンを食しつつ、ベノム軍の敗北以来すっかり荒んでしまった我が星を、心の底から憂いた事すらあると言うのに。
 しかし──
「そっ、それを言うならあいつだって同じではないか。私よりも、スラム生活は長いはずだぞ」
「そこなんですよ。も何故があそこまで怒ってるのか分析したんですが、皆目見当が付かないんですよね」
 ロボットのでは解らない事なんでしょうかねと続けて、もう一度溜息に似た電子音。
「ま、何にせよ、きちんと責任は取っておいてください」
「責任だと!? たかがこれしきの事で!?」
「……どんな責任を想像したんですか、アンドリューは。そうではなくて、の機嫌を直しておいてくださいね、という意味なんですが」
「あ、あぁ……いやちょっと待て、何故私がそんな事をせねばならないのだ!」
「理由はどうあれ、の機嫌を損ねたのはアンドリューですから。困ったことに、オブジディアン号の船長はなんですよ。無しでは、この船は機能しません。……それに、の機嫌が悪いと、達ロボットも調子が悪くなるんですよね」
 命が惜しいなら全力での機嫌を取っておくのがベストですよと言い残して、通路の先、が消えた方向とは逆に去っていくロボット。は手伝ってくれるつもりは全く無いらしい。長年彼女と共に過ごして来たのだから、簡単なアドバイスくらい、してくれても良いではないか。例えば大好物は何か、とか。
「……一体私に、どうしろと言うのだ……」
 アンドリューの呟きが、誰も居ない通路に消えていった。

 

 

 

******

 

 

 自室のベッドで、はアンドリューから取り返した下着を抱き締めて、丸くなっていた。
 もっとシンプルな物だったら、ここまで恥ずかしいとも思わなかっただろうし、怒りがこみ上げたりしなかったに違いない。寧ろからかう余裕もあったかもしれない。しかし。
 これは、散々悩んで悩んで悩みまくって、自分には似合わないなぁと思いつつも誰も見ないんだから、と、買った物だった。
 彼がこれを持っているのを見た時、自分の心の底に深く深くしまっておきたい願望──彼女の場合、もっと女の子っぽくなってみたい──を下着を通して見透かされた気がした。そこまで気が回らなかった自分を反省する気持ちも多少はあるけれども、しかしそれよりも恥ずかしさと、何故気遣ってくれなかったんだろうという怒りが先に立つ。何しろ、彼の方がいくつか年上で、年齢だけで見るなら「お兄さん」なのだから。年下の、しかも女の子を気遣うのは年上の役目だもん、と自分を正当化する。しかし、徐々に反省する気持ちの方が大きくなってきているのも自覚していて──

 だから。

「……。居るのか?」
「……居ない」
「……居るんだな。入るぞ」

 ドアの向こうから控えめなノックの音と共に聞こえた声に、そんなおかしな返答をして、彼を部屋に入れてやろうという気になったのだろう。

 

 

******

 

 

「………………」
「………………」
 気まずい沈黙を、は背中で感じていた。
 アンドリューに背を向けてベッドに寝転んでいるので、彼の表情を伺う事は出来ないが、何やら逡巡している事は何となく知る事が出来た。手近な椅子に座って、落ち着かなさそうにしているのが、僅かな衣擦れの音で解る。暫くそうして無言の戦いを繰り広げていたが、忍耐強さは彼女の方が上だった。アンドリューが苛立たしげに立ち上がり、ベッドの傍らに立つ気配がする。
「……おい」
 先程と同じ、怒った様な声。この人は、仲直りしようとする気はさらさらないのだろうか。それが悲しくて、がますます縮こまる。
「何度も言うが、私は絶対に悪くはない。だから、謝らないぞ」
 どこか演技がかったような偉そうな態度で言われて、の「やっぱり私も悪いよね」という気持ちが瞬時に吹き飛んだ。かぁっと頭に血が上り、勢いよく身体を起こす。感情に任せて怒鳴りつけようとした口は、しかし目の前にどさどさと落とされる何かに驚いて、開いたまま固まってしまった。一瞬何が起こったのか理解出来ず、目を瞬かせてベッドの上、自分の膝の辺りに落とされた正体不明の物を見る。

 そこにあったのは──色とりどりの、男物の下着。

「……な、に……? コレ……」
 思わず手を伸ばして一枚を摘み上げる。若干新しいトランクス。首を傾げてそれを眺めて、視線を下に落とせば履き古された様なくたくたの白いブリーフ。ボクサータイプの物から、ビキニタイプまで、十数枚の男性用下着が、何故か自分の膝にある。思考が追いつかずに説明を求めて隣の男を見上げれば、頬を真っ赤に染めた顔にぶつかる。それは怒りの為というより、見るからに恥じらいの紅だった。
「……その……私の、だ」
「……は?」
「だ、だから……そ、の……あぁもう! いいか、これだけは言っておくぞ!」
 ぼそぼそと消えてしまいそうな声が、照れ隠しの大声に変わる。ぴ、と空を切る音がして、目の前に指が突き付けられた。
「私は、山と積まれた洗濯物を片付けないでおくにはいられないのだ! だから、そこに洗濯物があれば洗濯をする! お前の下着があろうが無かろうが関係ない! ……が、これだと私はお前の下着を見る事はしょっちゅうだが、お前は私の下着を見る事はほとんど無いだろう! それは、不公平だ。私はそういうのが大嫌いだ!」
 言っている意味が何だかよく解らないが、要するに、「お前が恥ずかしい思いをしたから私もしてやった、ありがたく思え」という事なのだろうか。いまいち自信が持てない部分を補おうと彼の顔をまじまじと見つめると、口を真一文字に結んで、頬がぴくぴくと引きつっていた。突き付けられた指も、やはり小刻みに震えている。

 あぁ、何か、この人ってば──

「……ぷ」
 そんなアンドリューを見ているうちに、今まで自分が抱いていた怒りや恥や拗ねが、綺麗さっぱり消えてしまった。その代わりに、無くなった部分を穴埋めするかのように可笑しさや親近感や、どこか愛しささえ現れて、穴の空いた感情を次々と埋めていく。それはやがて一つとなって、の口から笑いの姿で現れた。
「なっ、何が可笑しい!」
 それは、相手の恥ずかしさという名前の怒りの火に油を注いでしまったらしい。何やら文句を言ってくるが、それが何故か可笑しくて可笑しくて仕方がない。首を振り、涙を浮かべ、は大声で笑った。
「だ、だって……だってさ、君……くく……」
「し、失礼だぞ! こちらは真剣に話してるというのに!」
「で、でも、さ……これ……あはは、駄目、もう、ツボ、入った……っ!」
 笑っているうちに、何だかもう全部がどうでも良くなってきた。このままずっと笑い続けていたいが、腹は痛いし息は苦しくて今にも窒息しそうだし、でも息継ぎしようにも怒っているアンドリューに笑いが止まらなくて空気が身体に入らなくて、このままでは笑いながら死んでしまう。それはそれで幸せかもしれないが、今はまだ死ぬ時ではない。だからは、大きく何度も深呼吸して、何とか自分を落ち着かせた。
「……落ち着いたか?」
 最後に大きく息を吐いた時、憮然とした声で彼が訊いてきた。彼女はこくん、と頷くと、にこ、と微笑んで彼の顔を見上げる。
「うん、大分。でもまだ楽しい気分だけど」
「……そうか。不本意だが、機嫌が直れば別にそれで良い」
 自分は男ではないから、異性の下着を見たからと言って、別に変な気を起こしたりはしないのに。恥ずかしい物だなんて、思わないのに。それなのに、彼はまだ頬を染めている。それが、何だか、妙に可愛いと思ってしまったから。
「でも、さぁ……」
 は笑みを不敵な物に変えると、他の下着に埋もれていた真っ赤なビキニパンツを手に取った。
「君も、こんなの穿くんだね。何だかセクシー」
「!? そ、それは……! いやまだそれは一回も穿いてないぞ!」
「そうなの? あ、でも言われてみれば確かに新品っぽい。でもあるって事は穿こうと思って買ったんでしょ?」
「う、五月蠅い!」
 アンドリューが真っ赤になって、が持つそれをひったくる。それはまるで先程の自分の様で、親近感が更に増した。多分、彼は、自分が今大事に保護している下着と同じ理由で、これを買ったのだろう。私たち、似てるのかもなぁと思いながら、彼女はお互いに一歩近付く原因となった自分の下着を、彼に差し出した。
「ね、アンディ、やっぱりお願いしても良い?」
「? 何をだ?」
「洗濯」
 もう一度、今度はお願いの微笑み。彼は何だか照れくさそうに──女性用下着を突き付けられたのだから、当然かもしれない──それを受け取った。
「ちゃんとネットに入れて洗ってね」
「解っている」
「サイズ、見ちゃ駄目だよ?」
「……興味無い」
「あ、酷い。後は……そうそう、それから」

 はぴょん、とベッドの上から飛び降りると、悪戯っぽい表情で、アンドリューの顔を見上げた。

「匂い嗅ぐのも駄目だからね。頭に被るのは許してあげるけどっ!」

 

 

「だっ、誰がするか!」
 アンドリューの怒声を背中に受けながら、は自分の部屋から全速力で走って逃げた。
 彼との生活は、絶対に楽しくなるに違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


アンドリューもも馬鹿でゴメンナサイ(爆)
でも書いてて楽しかったです……(爆)

 

しかし、甥っ子が怒ってばっかりですな。今度は怒ってない話を書きたいです。

 

 

 

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